大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1575号 判決

原告

宮原三男

ほか一名

被告

主文

原告らの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

「被告は、原告両名に対し、各九、六一二、三六七円およびこれに対する昭和四七年三月五日から支払済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

「原告らの各請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を付するときは、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

(一)  事故の発生

訴外宮原公一(以下公一という。)は、次の交通事故(以下本件事故という。)によつて即死した。

1 発生時 昭和四六年一一月二五日午前六時四〇分頃

2 発生地 静岡県沼津市大諏訪町二六番地先国道一号線上

3 加害車 特殊貨物自動車(ウインチ運送用貨物自動車、仮ナンバー名古屋八四二九号、以下加害車という。)

運転者 訴外馬場貞彰(以下馬場という。)、同乗者 公一

4 態様 馬場の運転する加害車が停止中の大型貨物自動車(名古屋一一さ五六六〇号)に追突した。

(二)  責任原因

被告は、加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告らの損害を賠償する義務がある。その理由は以下のとおりである。

1 運行の目的

本件事故は、名古屋大学(以下単に大学ともいう。)航空部(以下単に部ともいう。)の学生が、同部の活動の一環として埼玉県大里郡妻沼町所在日本学生航空連盟妻沼訓練所において行なわれるグライダー滑空訓練に参加するため、それに用いるグライダー曳航用ウインチを加害車で運搬の途中発生したものである。

2 加害車とその所有者―大学航空部

航空部は、大学体育会に所属する運動部の一つで、諸活動(グライダー滑空訓練など)を通じて航空に関する知識・技能を高め、その科学的研究をなし、あわせてスポーツ精神の涵養および部員相互の親睦を図ることを目的とし、その構成は、大学在籍学生から成り、財政的には、大学が被告から支給される金員の中から出す補助金(これが活動資金の大部分をなす。)、部員の負担する部費および大学卒業生の寄付金で活動し、大学が任じた大学教授(事故当時は大学工学部教授内田茂男)が部長となり、部の活動を監督(管掌)する(部員が長期間にわたつて大学外においてグライダー滑空訓練を行なうなどの活動計画を樹立するときは、事前に部長に活動計画書を提出して、その承認を得、さらに大学当局すなわち学生部長に届け出ることを要するとされ、妻沼における本件滑空訓練についても、部員は右承認を得、大学学生部に届け出ている。)ものであるから、航空部は、大学が学生に教育と体育を実施させるための一機関として存在し、その活動は、大学としての行動である。

加害車は、グライダー滑空訓練を行なう際、グライダーを曳航するのに使用するウインチを運送するための貨物自動車で、部の活動に要するものであるから、右に述べた趣旨からして、原則として被告の費用を以つて購入すべきもの(例えば、グライダーは被告が購入し、部に貸与している。)であるが、実際には、部員が昭和四六年七月頃その出捐によつて必要な部品を購入のうえ、これを組立て製作し、以後大学構内において保管したものであるから、完成後は部の所有である。仮に、加害車が部の所有でないとしても、部は、昭和四六年七月頃以降加害車を管理し、活動のために使用の途上本件事故が発生したから、加害車を自己のため運行の用に供していたものである。

なお、加害車の臨時の運行許可について、部員が個人名義で申請し、許可を受けたのは、部が法人格を有しないため便宜的にとられた措置で、部が加害車の所有者であることと矛盾するものではない。

3 大学体育会

大学体育会は、大学学生(正会員)らで構成され、会員の体位向上、スポーツ精神による人格陶冶および会員相互の親睦を図ることを目的とし、その目的達成のため会員一般へのスポーツの普及に貢献する事業、学内運動競技会の開催、運動部活動および対外試合等を行なうものであるが、その中に陸上競技部等二七の運動部および応援団があり、右運動部が学生で構成されているわけである。体育会の会長は、同会規約により、大学学長が、副会長は同じく大学学生部長が、各部部長は大学教官がなることと定められている。航空部は、前述のとおり、体育会のなかの一つの運動部である。

4 大学および被告

右のとおり、航空部は、大学学長が会長である体育会のなかの一運動部で、大学教授である部長の監督のもとに、大学の補助金で、大学が行なう教育の一環として活動する大学の一機関であるから、大学は、加害車について運行支配および利益を有するというべきところ、大学は国立大学であるから、結局、被告は加害車について運行支配および利益を有し、自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(三)  損害

1 公一の逸失利益と原告らの相続

公一は、事故当時二一才九カ月の男子で、昭和四八年三月大学工学部機械学科を卒業する予定であつたから、少なくとも同年四月から三七年間稼働可能であり、製造業の会社に就職し、毎年給料および賞与として別表記載のとおりの収入(昭和四六年度の大学卒業男子事務員の全国平均賃金月額と月収の四カ月分相当額の賞与との合計)を得、また、退職時において退職金として六一七万(昭和四四年四月現在の中央労働委員会の調査による大学卒業者で製造業に勤務する者が五五才のときに得るモデル退職金額である。)を得た筈であるところ、右給料および賞与は各年末に、退職金は公一が五五才のときにそれぞれ受け取るものとし、また公一の右全期間を通じての平均生活費は給料および賞与の合計額の五割相当額を超えることはないから、これを控除し、さらに、ホフマン式によつて年五分の中間利息を控除し、公一の得べかりし利益の損害額の現価を算出すると、二一、〇二四、七三五円となる。

公一は、原告らの長男で、その法定相続人は原告両名のみであり、原告らは、公一の損害賠償債権を法定相続分(各二分の一)にしたがつて各一〇、五一二、三六七円ずつ相続により取得した。

2 原告らの慰藉料

原告らには、長男公一と次男令二の二人の子供があるのみで、公一の将来を楽しみにしていたが、突然襲つた本件事故による公一の死亡で原告らは悲嘆のどん底に陥れられ、殊に、原告和子はその衝撃で一時錯乱状態に陥つた程である。したがつて、原告らの蒙つた精神的損害は、金銭に見積れば、少くとも各三、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

3 弁護士費用

原告らは、本件請求手続を弁護士である海地清幸に委任し、その費用として二〇〇、〇〇〇円、報酬として五〇〇、〇〇〇円を支払う(原告ら各三五〇、〇〇〇円)旨約し、右費用二〇〇、〇〇〇円は既に支払つた。

4 損害の填補

原告らは、本件損害の填補として、自賠責保険から計五、〇〇〇、〇〇〇円、馬場から計三、五〇〇、〇〇〇円を受領し、各四、二五〇、〇〇〇円宛右各損害に填補した。

(四)  結論

よつて、原告らは、被告に対し各九、六一二、三六七円および右各金員に対する本件訴状送達日の翌日である昭和四七年三月五日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告

(一)  請求原因に対する答弁

請求原因(一)の事実は認める。

同(二)1は認める。同(二)2のうち航空部が大学体育会に属すること、その目的、構成員が原告ら主張のとおりであること、その部長が大学工学部教授内田茂男であること、加害車が原告ら主張の経緯により製作され部または部員の所有保管に属することは認め、その余の事実は否認する。同(二)3のうち大学体育会の目的、構成員が原告ら主張のとおりであり、その会長が大学学長であることは認める。同(二)4のうち被告が加害車の運行供用者であることは否認する。

同(三)の事実中、事故当時公一が大学工学部機械科の学生(三年生)であつたことは認め、その余は不知。

(二)  責任原因についての反論

1 大学教育は、学術的知識とともに深く専門の学芸を教授し、知的、道徳的および応用的能力を展開させることを目的とするが(学校教育法五二条)、学科の授業以外に学生が大学において自主的に行う活動(以下課外活動という。)は学生の人格形成にとつて好ましいものであるところから、大学では一般にこれに対し施設の提供や備品の貸与をし指導と助言を与えているのである。しかし、この課外活動はあくまでも学生の自由意思にその根拠をおき、学生の創意工夫によつてなされているものである。このことは、中学校、高等学校におけるクラブ活動などが特別教育活動として法令(学校教育法施行規則五四条、五七条の二)上明定されているのと対比し、大学における課外活動についてはなんら法令上規制されていないことからみても明らかである。

2 ところで、大学において学生が課外活動をするために、大学から公認されている団体としては、文化活動のための文化サークル連盟と体育活動のための体育会の二つがあり、体育会は、会員の体位を向上させ、スポーツ精神により人格を陶冶することおよび会員相互の親睦を図ることを目的とし、航空部など現在三三の運動部から成り、課外活動を行なつているが、学生がこれに加入するかどうかは全く学生個人の自由意思に任されている。

体育会は学生の意思により運営され、航空部はその下部機構として同会に所属しているものであるから、その運営もまた学生の自治によるものであることは当然であり、大学としてもこれに対しては、必要最少限の指導と助言を行なつているにすぎないのである。もちろん課外活動に対する教官の指導助言の義務は、法律上も大学の職務命令上も存在せず、大学は、運動部にはなるべく相談役として部長に大学教官をおくことが望ましいと指導しているのである。かようなわけで、学生は自主的にその選択によつて希望する教官に運動部の長となることを依頼し、教官が任意にこれに応じた場合には就任するのが事実上の慣行となつており、したがつて、教官が部長となつていない運動部も存在する。

内田教授は、右に述べたとおり、学生の依頼により航空部の部長として就任し、事故当時部の学生の指導および助言に当つていたものである。

なお、これらの各部に対し大学が補助金を交付したことはなく、また課外活動の計画につき部長が許可をし、その監督の下にこれを行なわせていたものでもない。このように、部は大学の付属機関ではなく、その活動は、大学の教育課程とはなんらかかわりのないものであるから、大学の教育活動の一環としてなされるものではない。

3 加害車は、部の活動のために使用されていたものであるが、被告の所有でなく、その製作についての経緯は原告らが述べるとおりであるから、部または部員の所有である。その維持管理も部で行なわれるべきものであつて、実際にも本件訓練まで部員によつて行なわれていた。

また、本件訓練のための合宿計画は、ウインチ、機材、機体等の運送計画を含め、同部の学生が自主的に立案したもので、内田教授は右計画の執行につき許可したものではなく、右計画は同教授の監督のもとに行なわれたものでもない。右計画につき、部員が昭和四六年一一月二二日頃自主的に内田教授に届け出ているが、右は従前の慣行にしたがつてなされたまでのことであり、同教授はその際加害車の運行について適切な助言を与え指導している。

以上のとおり、加害車は、事故当時被告と関係なく、部または部員が所有管理し、専ら同部がその運行を支配していたものであるから、被告は、加害車の運行供用者としての義務を負わない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)項記載のとおり、本件事故が発生し、公一が死亡したことは当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  大学体育会および航空部と大学との関係

1  本件事故は、国立名古屋大学航空部がその活動の一環として埼玉県大里郡妻沼町の日本学生航空連盟妻沼訓練所で行なわれるグライダーの滑空訓練に参加するため、加害車にグライダー曳航用ウインチを積み運搬途中の事故であることは当事者間に争いがない。

2  原告らは、右航空部は大学の附属機関であり、その活動は、大学の教育の一環としてのものであるから、被告は、運行供用者責任を負う旨主張するので検討する。

3  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(1) 大学体育会は、会員の体位の向上、スポーツ精神による人格の陶冶および会員相互の親睦を図ることを目的として、法令上の根拠はないが、学生らの自主的な意思にもとづき結成され、右目的達成のため、会員一般へのスポーツの普及に貢献する事業、学内運動競技会の開催、運動部活動および対外試合等の事業を行うものであるが、会員は任意加入の大学学生(正会員)、大学院学生等で構成され、同会には航空部ほか三一の運動部がおかれ、右運動部は学生である正会員によつて構成される。同会の最高議決機関は、学生から選出された委員を構成員とする委員会であり、委員会が右事業、予算、規約改正等について審議・決定し、委員のなかから選出された委員長、副委員長と正会員のなかから選出された常任委員とで構成される常任委員会が委員会の決議にもとづき右事業等を執行する。

このように体育会の運営は学生自身の手で行なわれていたが、これにつき大学当局の意向をも反映させるべく、昭和四四年一月から会長、副会長、各運動部長、委員長、副委員長、委員をもつて構成する協議委員会が発足した。しかしその権限は前記委員会の決議事項につき協議勧告するにとどまつた。体育会の経費には、学生の納入する会費、卒業生等からの寄付金等があてられる(体育会の目的、構成員は当事者間に争いがない。)。

(2) 航空部は、右体育会に所属し、その活動を通じて航空に関する知識・技能を高め、その科学的研究をし、あわせてスポーツ精神の涵養および部員相互の親睦を図ることを目的とし、航空に関する知識の習得、実地練習、体力強化トレーニング、グライダーおよび軽飛行機の設計および建造等の活動を行なうものであるが、部員は大学学生で構成され、部の意思決定機関は全部員から成る部会であり、部の具体的活動はすべて右部会の決定にしたがい、学生らの自治によつて行なわれ、大学は助言を与える程度で、現実の活動には具体的指揮・監督を行なつていない。事故当時、右活動に必要なグライダーは、被告所有のものを部において借り受け、使用していたが、その余の部の経費は部員から定期および臨時に徴収される会費および体育会からの補助金があてられる(航空部の目的、構成員は当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められる。

4  原告らは、大学から体育会あてに補助金が交付されたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。さらに、原告らは、大学から部に対して、右グライダーの貸与のほか補助金が交付されていると主張し、〔証拠略〕には右に沿う記載があるが、右は証人宮崎譲一の証言に照らし措信することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

また、〔証拠略〕によれば、体育会の規約上前示体育会の委員会が体育会の会長に学長を、副会長に学生部長を推挙し、各運動部長に大学教官を推せんし、会長がこれを委嘱すると規定され、さらに、会長は体育会を代表・総括し、副会長は会長を補佐し、部長は運動部を代表・総括するものと規定され、航空部規約においても、部長について同趣旨の規定が存すること、これらによると会長および副会長は、一応体育会を代表する権限を有するといわざるを得ないものの、体育会の意思決定、業務の執行はすべて前示のとおり正会員たる学生らの手によつて行なわれ、会長、副会長はこれに対し指揮・監督をする等の権限を有せず、いわば象徴的地位にあること、大学教官は運動部の部長に就任しても、部員に対し単に技術的な助言を与えるにすぎず、部員を指揮監督する立場になく、事故当時航空部の部長は内田茂男工学部教授であつた(このことは当事者間に争いがない。)が、同教授の場合も同様であることが認められ、したがつて、右各規定は前示認定の妨げとなるものではない。

また、〔証拠略〕によれば、航空部が学外において長期間滑空訓練などの活動を行なうとき、部員から部長および大学当局へその旨届出がなされていたが、右届出は危険防止の観点から従前の慣例にしたがつて報告的に行なわれていたにすぎないものと認められ、部の活動一般について大学当局に届出を要するとか、右の届出に際し、部長または大学当局者が活動について部員を指揮監督し得ると認めるに足りる証拠はない。そうすると、右届出は、部の活動が学生の自治的意思によつて行なわれることと相反するものではなく、右届出の慣行の事実は前示認定の妨げとなるものではない。

5  そこで、以上の事実にもとづいて、体育会および航空部が大学の付属機関であるか否かについて検討する。

(1) 国立大学は、学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的道徳的および応用的能力を展開することを目的として(学校教育法五二条)、国が設置・管理し、原則的に経費を負担する大学である(同法二条、五条)。その組織内容は、一般に国立学校設置法、同法施行規則のほか文部省令、同省訓令等において定められ(国立学校設置法第二章、同法施行規則第一章)、その人的構成は学長、教授、助教授、講師、助手、その他職員からなり(国立学校設置法施行規則一条)、学長は校務を掌り、所属職員を統督する(学校教育法五八条三項)。これに対し、前示認定事実によれば、体育会および航空部は、いずれも、法律・規則等の定めによらないで、学生らの自主的な意思にもとづいて結成され、さらにその構成員は学生で、加入も学生個人の自田意思に委ねられており、その運営は学生の自治的意思決定にしたがつて行なわれ、運営について実質的には学長および会長の指揮監督を受けないこと、経費は学生の納入する会費・部費をあて、大学から受ける補助金はなく、経済的にも大学から独立していることが明らかである。なお、航空部において被告所有のグライダーを無償で借り受け、活動に使用しているが、右は部の独立性を損うものではなく、部を一個の経済主体として貸与という形式を採つたものと考えられる。

これらによれば、体育会および航空部は、大学の一組織としての形式および実質を備えているとは認められず、したがつて大学の付属機関ということはできない。

(2) つぎに、航空部の活動が大学の教育の一環として、それに含まれ得るものかについてみると、国立大学において、その教育は、国立学校設置法六条の二、七条、同法の右規定にもとづく文部省令によつて定められた学科および課程内容にしたがつて行なわれるべきものであるところ、航空部は、前示のとおり、大学の付属機関とはいえず、また、部の運営および活動はすべて学生の自治的意思に委ねられ、法規あるいは大学学長の指揮監督にしたがつて行なわれるものではないから、結局、航空部の活動は一般的に大学の実施する教育であるとはいえない。

(3) 以上の次第であるから、体育会と航空部とが大学の付属機関であること、その活動が大学教育に属することを理由として、大学の運行供用者性を肯定することはできない。

(二)  加害車の運行供用者

航空部の活動が大学の実施する教育といえなくても、加害車の本件具体的運行につき、大学がこれを支配し利益を得る等の事実があれば、大学すなわち被告は運行供用者となるので、以下この点につき検討する。

1  〔証拠略〕によれば、つぎのとおりの事実が認められる。

(1) 部は昭和四六年五月頃グライダー滑空訓練に要するグライダー曳航用ウインチの運送のための特殊貨物自動車を製作する旨部会で決定し、部員の拠出した部費および部員のアルバイトで得た資金を基に加害車の台車となる貨物自動車を購入し、部員が必要な機具等の取付その他の組立を行なつて、同年八月頃完成を見たが、これにつき大学側から資金はもとより、その他の技術的援助もなかつた(加害車が部員の出捐により製作されたことは争いがない。)。

(2) 加害車は、右完成後の同年八月頃埼玉県大里郡妻沼町までウインチを運送するため運行したことがあるほかは一般道路では運行しないで部員(自動車係)により大学構内(大学が教育の用に供するため、管理する場所を除く。)において保管され、本件運行時までに若干の修理を加えられるなどして、維持管理されていた(加害車が部の保管に属することは争いがない。)。

(3) 右妻沼町葛和田日本学生航空連盟妻沼訓練所における航空部グライダー滑空訓練(昭和四六年一一月二六日から同年一二月二日まで)のためのウインチ等の必要な機材の運送計画は、同年一一月二三日頃同部会においてつぎのとおり決定された。

「日程は、昭和四六年一一月二四日午後八時大学構内出発、翌日午前一一時右妻沼訓練所到着とする。運送用車両は、加害車のほか普通乗用自動車二台である。加害車にウインチを固定し、そのほかの自動車に必要各種機材を分割塔載して運送する。運転者は、加害車については部の主将である訴外市原俊和、馬場、訴外堀上識とし、そのほかの自動車については各二名ずつとする。

運行経路は、国道一五三号線、二四八号線、二四六号線および一二九号線とし、途中運転者は交代、休憩をとる。右運送計画の遂行にあたつての責任者は市原である。」

(4) 公一は、右運送計画には加わらず、汽車で目的地まで直行する予定であつたが、右出発日である昭和四六年一一月二四日になつて、市原に急拠右運送隊に加わりたい旨申し出たために、市原は加害車に乗車の予定であつた右堀上を他車に配置換えし、公一を加害車に乗車させる旨の計画変更を行なつた。

(5) 加害車は、製作の当初から、グライダー曳航用のウインチ運送だけを目的としたが、未登録であつたため、右妻沼における訓練計画を実施するに際し、加害車の臨時運行許可の申請、自賠責保険契約の締結の各手続を要したが、部は法人格を有しないので、部会の決定にしたがい、部員である訴外市川雅也が、昭和四六年一一月二二日頃同人名義で、同日から同月二六日までの間の臨時の運行について右各手続を行なつた。

(6) 右運送のために要するガソリン代、右手続のための費用等はすべて部員の出捐する部費によつてまかなわれた。

(7) 本件訓練の実施に当り、部は市原名義で昭和四六年一一月一八日頃部長である内田茂男教授および大学学生部に対し、訓練期間、参加人員、場所等について届け出たが、その際内田教授から自動車の運行を含めて、注意して行なうよう助言を得たのみである。

(8) 右のとおりの経過および準備を経て、市原ら部員は、訓練に要する機材等の運送を開始したが、馬場が加害車を運転中疲労のため、居眠りをし、前記のとおり本件事故を発生させた。

以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

2  そこで右各認定事実にもとづいて検討すると、加害車の目的、製作者、製作費用の負担関係に照らすと、加害車の所有者は航空部であると考えられ、その維持保管はすべて部の自動車係の学生によつて行なわれ、また、本件妻沼までの運行を含め加害車の一般道路上の運行は二度だけで、本件運行計画は、部会の決定により、市原の責任において立案・実施されたものであり、さらに、右運行に要するガソリン代等の費用には、部費があてられたことから、部が加害車の運行について支配および利益を有していたと認めるのが相当である。そして、部長である内田教授は一般的に部の諸活動について部員を指揮監督する立場にないことは前述のとおりであり、また、本件運行計画の樹立・実施についても、事前に概括的な報告を受け、一般的な注意を与えたにすぎず、同教授が右加害車の運行について具体的に指揮監督を行なつたと認めるに足りる証拠はない。

なるほど前記認定のとおり大学としても、学長・学生部長がそれぞれ体育会の会長・副会長となり、各部の長には大学教官がなるほか、各部に対して学生達ではまかなえない大学の施設や備品を貸与する等して、助言や援助を行なつている事実に鑑みれば、部の活動も広い意味では、大学の教育活動に沿う面があることは否定できないけれども、しかし、先にみた如く大学関係者の関与は、形式的名目上のもので、大学は現実には、施設・備品の貸与といつた形で側面から援助しているにすぎず、各部の実際の活動は、すべて部員である学生らの自治に委ねられ、大学ならびにその関係者は、具体的指揮・監督権を何ら有しておらず、このことは、本件航空部の場合も同様であつたことからすれば、大学が本件加害車の運行について支配、利益を有していたとはいえないというべきである。

その他被告が、加害車につき運行支配および運行利益を有していたと認めるに足りる証拠はない。

三  結論

そうすると、被告は自賠法三条により、加害車の運行供用者として原告らの損害を賠償する義務を負うとはいえないから、原告らの右の趣旨の主張は採用せず、それゆえその余の判断をするまでもなく、原告らの本訴各請求は理由がなく失当であることが明らかである。

よつて、原告らの各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威 大津千明 大出晃之)

別表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例